子ども時代は楽しく過ごしてほしい(子ども編)

つつみき、かのっちです(^^♪

子どもの仕事をしていると、いろいろな子どもに出会います。
もう1000人ぐらいの子どもと実際に接してきたでしょうか?

おー!自分で言っててすげぇ(笑)

ここ12年ほど、学校・児童会館・行政の学童クラブ・実はもうひとつ増えてます(笑)

この間ずっと子どもに携わってきましたが、
自分に対して否定的な言葉を吐く子ともが多いなぁと思う。

「僕なんか」、「私なんて」「どうでもいいんだ」

一度スイッチが入ると、自己否定のオンパレード。

うそつけ、悲しい顔してるくせに。とかのうちは思った。
たまにそれを子どもに言う。

でも、言えない。
悲しいときにも、悲しいと言えない。
苦しいときにも、苦しいと言えない。

言ってはいけないとさえ、思っているかも。
子どもはまだ自分の感情を整理できない分、自分でもどうなっているかなんてわからない。

でも、心のもやもやはたまるばかり。
本当は、どうでもいいなんて奥底ではおもっちゃいないのに。

それが、過剰な負荷になると、
物にあたる・他人への暴力や暴言、自傷行為などによって徐々に表れていく。

犯罪などは元をたどれば、子ども時代の傷が根本にあるような気がしてならない。

そういう一見問題ととれる行動って、子どもの
「助けて」のサインだと思っている。

さらにかのうちは、子どもが起こす問題のように思える行動を、家庭のせいだけにするのは無理な時代に来ていると思う。
本当は家庭が一番いいけれど、地域全体でコミュニティができていた時代とは今は違う。

保育園で、幼稚園で、学校で、児童館で、学童クラブで、放課後デイで、病院で、すべての子どもが行く場所で、

どこかの大人が「助けて」サインを拾えたら、
一人でも子どもを理解してくれる人がいたなら、
ひとりでも子どもを抱きしめてくれる人がいたなら、

もしかしたら、日本は変わるのかもしれない・とさえ思う。

苦労をしないで育ってくれという話ではない。
でも、必要以上の不可をかけられた傷ついた子どもは増やしたくないな。

自分なんかって・・・言葉より、僕はね・私はねって自慢げに自分のことを語り、楽しく過ごしてほしい。そんな思いがあります。

そういうわけで?またかのうちは、「放課後ディサービス」というジャンルの違う子どもの職場へ勤め始めました。

かのうちはいったいどこへ行くのか?(笑)

ログハウス建てて、家庭教師でもやるか?カウンセリングでもするか?塾でもするか?
それとも何か別なことを考えるか?

ただ、言うならタダだし、なにかいろいろ妄想し始めた今日このごろです。

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