大人がまず自分と向き合うこと(札幌サドベリースクールより)

かのうちです(^^

今日は子どものお話し♪なんだけど、大人のお話し。

今さらですが、かのうちは、学校・児童会館・学童クラブ
小学生が過ごす場所を11年間勤めてきました。

どの場所でも楽しい思い出はありますが、
どこでもどの子どもが、本来の自分というものを出して
のびのび生きていくことができるのか?というと、
必ずしもそうではないし、できることに限界があると感じていました。

そんなモヤモヤした思いを抱えながら仕事をしていたかのうちでした。
あ、もう辞めましたが(笑)

本日、札幌サドベリースクール
【フリースクール立ち上げのためのお話会】に参加してきました。

そもそもサドベリースクールは、

クラスもなければ、学習指導要領にそった授業はありません。
テストもなければ、通知表もない。
子どもたちの要望に応じた授業を行います。

公教育とはまったく違いますね。

実はかのうち、夏に一度見学に行かせていただきました。
本日は二度目です。

今日のお話し会について、イベントFBの
ほそかわさんの言葉より、抜粋いたします。


フリースクールの設立を考えるならば、まずは「自分の心に向き合うこと」をしなければいけないと思っています。

なぜならさまざまな場面で、「自分の親がどうだったか」「私はその家庭でどんなふうに育ったか」が関係してくるからです。

子どもたちは大人の心の傷を刺激してきますから、頭ではわかっていても、心がついていかないということが起こります。

すると反射的にしかったり、理論で言うことを聞かせたり、大人の権限を振りかざしたり、有無を言わせない雰囲気を伝えてしまったりします。子どもを信頼し見守ることは、自分の心がほんとうに自由でなければ難しいのです。

その先に教育に関われることの面白さ、素晴らしさがあり、ひとりひとりの成長を信頼し見守る喜びが、自然と胸にあふれてくるという自分に出会います。

いまの日本においては、ほとんどの方が、幼少期の満たされない思いが心の傷として残ったまま成長する、という前提をまずは確認したいと思います。

そこをしっかり認識したあとに

「私はこうしてほしかった」を

「私はこうしてほしかったけど、そのためにあのころの自分の親にどんなサポートがあるとよかったんだろう?」に思考を変えると、どうなるか。

・・・・以下省略


これは、子どもと関わる大人は一度は考えてみるべきことだと思います。

例えば、
子ども時代に嫌だったからという否定の理由で
自分が行動していたり、お子さんのものごとを決めたりしていませんか?

私たちも子ども時代は子どもですよね?

かのうちも、子どものころは大人のの顔色を見ながら生きていました。
両親ともに教師でしたから、その子どもとしていい子でいたかったんです。

ところが、気を遣って、顔色をみるということは、
そのまま自分が接する子どもたちにも反映され、
今思えば、子どもに気を遣いすぎる・という形で
過剰に手を出し、生きる力をそいでいたのかもしれません。

子どもはそれを見透かします。
反抗もされましたし、その都度私が怒るという
悪循環にも陥ることもありました。

自分を受け入れることができず、
子どもたちの態度を通して見せられるのに、耐えることができなかったんです。

かのうちは、心理の専門家ではありませんが、
否定や不足感からくる行動や目的は、
つまづきが起こることを肌で知っています。

それに気づかず、何度も何度もつまづいてきました。

まずは知ることから、気づくことから、行動することから。

いつでも何かをするときに遅すぎることないと、友人が教えてくれました。

何度でも向き合い、何度でも自分と向き合おうと思います。

HP:札幌サドベリースクール

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