震災から6年 それぞれの分かれ道

つつみき、かのっちです(^^♪

本日、2017年3月11日で、震災から丸6年ですね。
毎年、この日になるたびにあの日あったことを思い出します。
かのうちは、2011年8月1日。震災を経て夫と一緒に北海道に移住しました。

去年から今年にかけて、かのうちは初めて自分を「被災者」として、震災の経験をお話しさせていただく機会があり、改めて自分が当時体験したことをアウトプットすることができました。

本当にありがたいことです(^^

実は、去年とは少し違う気持ちでこの日を迎えました。

ひとつのサイクルがまわったような、妙な感覚。

私たちを含め、被災してきた人たちは福島での生活に終止符を打つか、二重生活をしながら北海道で生活をはじめました。

母子だけの避難もたくさんいました。お父さんたちは月に1度や数回北海道に通い、子どもたちと合う生活を数年間も続けていた方もおりました。

慣れない土地で、生活の身を立てようとがんばってきたはじめの数年間。
みんな必死だった。お互いの家を行き来しながら、励まし合い、交流し、心を支え合っていた時期でした。

部屋の暖房1台で足りてる?
近くにこんな店ない?
除雪どうしてる?

特に来た年はわからないことだらけで、何度かみんなで集まって相談しました。

6年が経った今、いろいろなことがありました。
北海道という土地の気候、食べ物、仕事、人間、色々なものに揉まれながら、自立の道を探り、私たちのように無料の団地を出た人や、逆に避難を中断し福島に帰った人もいました。

去年は、避難してきた知り合いが病気で亡くなったり、私たち夫婦も体調を崩したり、本当に心がぐらぐらで折れそうでした。同じ避難してきた友人も、実は鬱だったんだ・実は体調不良なんだ。そんな話をちらほら聞いた去年。

私たち夫婦だけでなく、周りの友人たちも、なんでもがむしゃらにやることを少し見直し、自分たちのペースを考え直す時にきたと思いました。
そしてこの春、住宅の支援が打ち切られるのをきっかけに、北海道から福島へ帰る人もいて、避難してきた当時の思いとはまた違った形で別れが訪れようとしています。

被災した後の最初の必死だった数年間を経て、いろいろなことがありました。それぞれが、それぞれの選択をし、大きく自分のかじ取りをする時期にさしかかっている年になったように感じています。

帰るのか・帰らないのか?
帰るならどこに住むのか?
これからどこに住み続けるのか?
帰らないならどうやって生活するのか?
仕事はどうするのか?
移住先で何を支えて生きていくのか?

避難して6年。この問いを胸に抱えながら生きているわたしたち。

もちろん、もっと大変な思いをした人はたくさんいます。

一方で、わたしたちでさえ震災当時に起こったことをすべて消化できているわけでもない。今だって、怒りに震えてしまうこともあるし、悲しみがなくなるわけでもない。避難してきたことがよかったのかさえ結論はでません。

だから、かのうちはそのままを知ってもらおうとしました。

みんなそういう今の自分で進むしかない。
いつか、大変だったけどいろいろ教えてくれたねっていえる経験になるように。
ただ皆さんには知ってほしい。現実に起こっていることだから。

避難するってこういうことでもある。避難するとこういうことだってある。
避難生活が、避難でなく生活になるまでにはいろいろなことがあるのだということを。
今の私が気持ちを話すことで、誰かが何かを感じてくれるなら。

覚えていてほしいのです。
ある日突然、当然来ると思っていた日常が来なくなることだってあるのだから。

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コメント

  1. めるへんパパ より:

    今晩は。てまりの山川です。
    ブログ全部ではありませんが拝見させて頂きました。
    共感したり、考えさせられたり、素敵な内容だなーと思いました。
    自分もヤフーブログをしてますが、もう一年間放置で、おちゃらけた家庭の実情というか、私を理解するには参考になるかもしれませんので、ヤフーブログでめるへんパパで検索すると出て来ると思います。お暇な時にどーぞ。現在の鬱状態が改善されたらブログは更新します。

    福島のことなど、お伺いしたい事がたくさんあります。

    • かのっち より:

      めるへんパパさん

      コメントありがとうございます。
      ブログを見てくださってうれしいです(^^

      なかなかゆっくりお話しする機会がありませんが、ぜひゆっくりお話しできたらうれしいです。今後ともよろしくお願いいたします。yahooブログも拝見させていただきますね♪